ご挨拶

音楽家のジャンモンド(Gens Mondo / 縄文土)です。1969年12月、ジョンレノンとオノヨーコによる“WAR IS OVER! IF YOU WANT IT(あなたが望めば戦争は終わる)”の看板とポスターがニューヨーク、ロンドン、東京など世界11都市の街角に掲げられてから半世紀を経ました。

人間は生い立ちや、家族、風土、環境に影響を受けながら、人種・宗教・文化などによって固有の価値観と生き方を作り出し、対立や争いを繰り返してきました。しかし、宇宙空間に漂う小さくて美しい惑星・地球に暮す77億の人類、そして動植物や自然は貴重です。だからこそ、その命を繋いで未来に託し、同じ「地球人」(アーシアンズEarthians=Earth地球+ians人の造語)として生きることが、私達に与えられた使命だと思うのです。

世界を見渡せば、国益を盾にした衝突がより激しさを増し、イデオロギーや人種・宗教・文化の違いによる争いはなくなりません。自己愛や欲望を剥き出しにし、弱者が求める救いの手を払いのけることさえあり、利益拡大競争の陰で格差を生み続けています。最早、理性では慈愛に満ちた世界は作れないのでしょうか?

1971年ジョンとヨーコが共に発表した♪『イマジン』。今こそこの曲に込められた、所有や争いを求めない「シンプルライフ」の生き方、国境や宗教を超えた「ラブ&ピース」のメッセージを具体的に行動で示していかなくてはなりません。

2016年ボブディランにノーベル文学賞が授けられました。ノーベル賞選考委員会は「まだ、音楽には世界に平和と愛を訴えられる力が有る」と認め、これを世界が受け入れたのです。そうです!音楽、映像やアート、魂に訴える人々を揺り動かす“ナニカ”がこれからの世界の幸せを作り出す“チカラ”なのです。

ディランと同時期に生まれ活動したジョンレノンは、ディランが♪『風に吹かれて』を歌ったと同様に、ビートルズ時代♪『愛こそはすべて』などの曲を通して平和を訴え、1969年前衛芸術家のオノヨーコと結婚し、アムステルダム、モントリオールでのベッドインイベントで「愛と平和」をメッセージしました。

ジョンは、音階のひとつ「ラ」の周波数A=444ヘルツを基準とする、もともと太陽や海、風の音などにある自然の周波数に戻すべきだと、第二次大戦当時に人心洗脳の意図で制定されたA=440ヘルツは争いのもとになるとして、心の安定を促すA=444ヘルツを基準にした曲作りをしていました。1980年12月8日凶弾に倒れてからもジョンの思いは全ての人の心に生き続けています。

しかし、現実には世界各地でテロや内戦、災害事故、環境、格差問題は無くなるどころか目を覆うばかりで、もはや政治や経済の力では何も変わらないということだけが証明され、ジョンが残したメッセージを具体的に行動で示し、ディランの受賞をきっかけに芸術の力が今改めて求められている時に来ています。

私は、1979年、大学4年の夏休み、軽井沢のパン屋「フランスベイカリー」で晩年のジョンと遭遇し、言葉を交わした運命的な出来事が決定的なモチベーションとなり、さらに2012年12月8日、オノヨーコさんから武道館で「今日この会場の中にジョンの思いを継ぐ人が来ています…」とのメッセージを受け、ジョンとヨーコの思いを継承していくため、立ち上がりました。その日から8年、小説『ジョンとヨーコの物語』を執筆し、二人をテーマにした音楽、ミュージカル、映画、ミュージアム建設などを生涯のミッションとして企画してきました。

そこで、具体的にこれらの企画を実践しようと、「芸術と技術を融合し、未来を想像する組織」という意味で、2018年10月イマジンファウンデーション(IMAGINE FOUNDATION)を創設し、オノヨーコさんの従兄弟で外交評論家の加瀬英明氏に名誉理事長に就任頂き、音楽劇『ダディとマザーの軽井沢物語』を公演しました。

2020年、世界を襲った新型コロナ感染症が蔓延し始めた2月、私は、何かをしなくてはとの強い思いに駆られ、人道支援で南アフリカ、ドバイに入り、現地で7ヶ月間の長期支援活動に従事しました。ロックダウンで、外国から人は入れないが物資は入るので、45度の炎天下、マスクやグローブ(手袋)などの供給活動で、アジアや欧米のメーカーとメールのやり取りをし、現地の貿易商社・倉庫と交渉し、走り回り、国境を超えて奔走しました。自分が動くことで、救われる人がこの地域でいると思うと、たとえお金にならなくても、どんな状況にあっても、思いやりの精神でコモンパッションを持ち国を超えて協力しあえば、困難は乗り越えられると実感しました。

そして、2021年夏、東京でのスポーツの祭典は、コロナの災禍を乗り越えた人類の集いとして、友情、信頼、情熱と愛は、様々な障壁を越えて感動をもたらすことを証明しました。

しかし、その後、2022年2月、ウクライナ問題が勃発し、そして2023年10月7日発生のイスラエルとパレスティナ間の紛争に世界は直面し、まさに私達は、国家や民族の違いによる争い、対立をやめ、地球人として、“We’re Earthians(我ら地球人)”の精神で、新しい行動基準、価値観のもとリユニオンすべき時と思います。

ジョンがもし今の時代にいたら・・・、彼は何を歌い、どう行動しただろうとイマジンしてしまいます。政治や宗教は対立を産むばかりだが、音楽とアートは全ての違いを超えた協調を生み出します。文化によるハーモニーの波動こそが、ジョンとヨーコが目指した「愛と平和」に溢れる未来世界の幸せを創り出すと信じて…

2023年10月9日
(ジョンレノン、ショーンレノンの誕生日にあたり)
MONDE MUSIQUE合同会社 代表 大場佳文
アーティストネーム ジャンモンド(Gens Mondo / 縄文土)

<略歴> 

1956年11月3日新潟市生まれ、音楽プロデューサー、シンガーソングライター、文筆家。音楽映像制作の会社モンドミュージック、東西文化振興の会社イーストディグエージェンシー、人道支援のイマジンファウンデーション、子供支援のサクラプロジェクトジャパン代表。

1977年、慶應義塾大学文学部在学中、3人組コーラスグループ「トロワ」を結成し、RCAレコードからテレビ番組主題歌♪『私は13歳』(作曲小坂忠、作詞こうえいか)でデビュー。翌年コロムビアレコードに移籍し♪『美しきひと夏』 c/w ♪『サンゴ礁の海』(作曲すぎやまこういち、作詞山上路夫)、1979年♪『ブレンドコーヒー』c/w ♪『バイバイラブ』(作曲穂口雄右、作詞竜真知子、編曲船山基起)などを発表。その後、元レイジーのメンバー井上俊次と「ビッグバン」を結成し、クインシージョーンズ版が世界的に大ヒットした♪『愛のコリーダ』(作詞作曲チャズジャンケル&ケニーヤング、訳詞あまがいりゅうじ、編曲大谷和夫)c/w ♪『アイニードユー』(作詞作曲エリックカルメン、訳詞遠藤幸三)日本語版を発表。

1979年夏、軽井沢のフランスベイカリーでジョンレノンと遭遇し啓示を受ける。

1980年3月、慶応義塾大学文学部仏文学科卒業後、航空会社、IT企業宣伝部、衛星通信関連企業、証券会社、不動産建築会社などの勤務を経て、2005年総合コンサルティング企業の合資会社ドゥザドゥ(Deux a Deux LPC. フランス語で“二人三脚”の意味)を起業。

2012年、ロンドンオリンピック応援ソング♪『君とロンドン』を作曲し、オーディションで日本文化発信アイドルグループ「サクラガールズ」の歌でロサンゼルスで開催の「アニメエキスポ」でデビューさせ、アーティストネーム“モンド大場”として音楽活動再開。吉祥寺の路上で活動していた音楽・漫画・デザイン・大道芸・舞踊などのメンバーらと総合芸術ユニット『レモンド(Les Mondes、フランス語で“地球人”)』を結成し、吉祥寺と井の頭公園を舞台にしたショートムービー♪『風のワルツ』を制作。MONDE MUSIQUE合同会社を設立し、翌年5月登記。

2013年、日本文化発信と交流の「サクラプロジェクトジャパン」をロサンゼルスのニッケイグローバル社と立ち上げ、地球環境映画『Re:Monde(地球再生)』を世界の海岸線、遺跡、砂漠で撮影。グラミー賞、MTVアワード公式イベントや、マルセイユで開催の「Japan EXPO」で発表。

同年、東北大地震復興支援ミュージカル『ロミオとジュリエットその後』(原作シェイクスピア、創作・音楽:縄文土、主演:川﨑麻世・紫とも、朗読:杉浦幸)を国内3カ所(陸前高田・東京・大阪)で公演。

2014年、男女デュエット「ジェニオ(Genio、イタリア語で“才能”)をプロデュースし、アーティストネーム“縄文土”として楽曲提供開始。ジェニオの日本でレコーディングした音源を、ロサンゼルス在住音楽家・喜多嶋修(元加山雄三とランチャーズ)のEast Quest Studioに持ち込み、ビーチボーイズやはっぴいえんどのアルバムプロデュースを手がけたアメリカの編曲・作曲家の奇才ヴァンダイクパークスにミックスダウンを依頼。デモ音源を12月8日ジョンの命日にニューヨーク・ダコタハウスで小野洋子さんに届ける。

2018年、小野洋子さんの従兄弟の加瀬英明氏(1936-2022、外交評論家)監修による音楽劇『ダディとマザーの軽井沢物語』(原作:縄文土)を表参道・能楽堂で公演。

2020年には、ジョンレノンが晩年訪れた南アフリカのケープタウン、ドバイでCOVID-19の国境を越えた格差是正対策の人道支援活動に従事すると共に、取材・活動体験をもとにした楽曲を制作し、小説『ジョンとヨーコの物語』を執筆、舞台化、映画化を計画。

2023年1月、東洋と西洋の文化融合とアーティスト発掘、プロモーションを行う新会社、株式会社East Dig Agencyを設立登記。元はっぴいえんどのギタリスト鈴木茂、元シュガーベイブのドラム上原“ユカリ”裕、SHOGUNのベース長岡“ミッチー”道夫らレジェンドミュージシャンが参加し、1970年代ウエストコーストサウンドを再現する♪『1969 Back To Me』、♪『イージアー』など縄文土作品のオリジナルアルバムを制作開始。

主な音楽作品は2012年ロンドン五輪応援ソング♪『君とロンドン / You & I LONDON』、2016年リオデジャネイロ五輪応援ソング♪『胸いっぱいの愛を / Whole Lotta Love』、2020年東京五輪応援ソング♪『ゴーリング / Go RIng!』、2024年パリ五輪応援ソング♪『アワーワールド / Our World』など(「作品集」参照)。内外のアーティストに楽曲を提供すると共に、縄文土自身もシンガーソングライターとしてアルバム♬『モンドセレクション』を制作している。

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“縄文土”の命名の由来は、紀元前の日本で1万年以上平和が続いた縄文時代の自然と共生し、争いの無かったシンプルなライフスタイルへの回帰の思いを込めている。略称は“モンド”で、イタリア語の「世界」の意味。※日本語漢字名の“縄文土”の命名の由来は、紀元前の日本で1万年以上平和が続いた縄文時代の自然と共生し、争いの無かったシンプルなライフスタイルへの回帰の思いを込めている。海外向けアーティストネームは、Gens Mondo(ジャン・モンド)で、フランス語のGens”人”+イタリア語のMondo”地球”=”地球人”の意味。

※本ウェブサイトのトップページの漢字「縄文土」及び、「Mondo(世界)」、「Genio(慈才音)」「Love & Peace(愛心平和)」の四枚の書を、中国を代表する仏教家で世界的な書道家「王志遠(沛渓・ぺいし)」先生に、2014年10月、台北市で開催の博物館セレモニー中に、「文土の音楽は国境を越える」と共感頂き執筆頂く。

(略歴) 王志遠(Wang Zhiyuan)、1948年4月15日(旧暦)北京生。山東省海陽市岩石鎮出の漢族。1981年内モンゴル大学文学部卒、文学学士号。現在中国社会科学院「世界宗教研究所宗教文化芸術研究室」主任、中国社会科学院大学院担任教師、中国宗教学会副会長、宗教経済履修単位会会長、中国古典文学普及研究会副会長。